渡部 友一郎 弁護士
鳥取県鳥取市出身。2008年東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻(法科大学院)修了。同年司法試験合格、2009年弁護士登録(第二東京弁護士会)。英国系グローバルローファームであるフレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所、株式会社ディー・エヌ・エー法務部を経て、米国サンフランシスコに本社を有する外資系IT企業、日本法務本部長。ALB Japan Law Aawardにて「In-House Lawyer of the Year 2018」(最年少受賞)、「In-House Lawyer of the Year 2020」を再受賞(日本人初)。経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」法務機能強化実装WG委員、経済産業省「Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会」委員、東京大学公共政策大学院「企業の技術戦略と国際公共政策」ゲスト講師、NHKクローズアップ現代出演、など。
小泉 友 弁護士
愛知県名古屋市出身。2004年京都大学法学部卒業。2006年愛知大学法科大学院終了、同年司法試験合格。2007年弁護士登録(愛知県弁護士会)。2007年錦城法律事務所入所、2013年弁護士法人アーヴェル設立(代表弁護士)。2009年度名古屋市包括外部監査補助者、2009年~愛知大学法科大学院非常勤講師(ローヤリング)。書籍等「弁護士が分析する企業不祥事の原因と対応策」(共著:愛知県弁護士会、平成24年6月、新日本法規出版)「悩み多き経営者のためのリーガルカウンセリング」(共著:小泉友、佐藤正和、平成29年9月、SAIOAK)
菊妻 左知夫 弁護士
兵庫県姫路市出身。2003年京都大学法学部卒業。同年民間金融機関に就職。2016年司法試験予備試験合格、2017年司法試験合格。2019年弁護士登録(東京弁護士会)。現在は金融機関のインハウスロイヤー。大学時代は、小泉先生のパワーステアリングの壊れた中古自動車で、温泉に連れて行ってもらった。書籍等 共著「Q&A家事事件と保険実務」(斎藤輝夫/監修、平成28年6月)、共著「問題社員をめぐるトラブル予防・対応アドバイス」(共編/芦原一郎(弁護士)、明石幸大(弁護士)、令和3年6月)、「生保契約の自動更新条項と消費者契約法第10条」(生命保険経営84巻6号2016年)など
ー 本日の司会の菊妻と申します。
渡部先生は、経済産業省の「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」の委員としてもご活躍され、2020年5月に制定されたばかりの国際規格「リーガルリスクマネジメント」の普及にも尽力されております。無数にある法律事務所の中から「顧問先」を探す場合、法的に「リスクがある」だけではなく、そのリスクを「お客様と一緒に『できる方向』を探す」というこの「リーガルリスクマネジメント」に大きな可能性を感じていました。顧問先をどのように上手に探すのかについて、この新しい「リーガルリスクマネジメント」について色々と教えて下さい。
では、早速始めたいと思います。
渡部弁護士:
渡部と申します。本日はこのような機会をいただきありがとうございます。
弁護士法人アーヴェルそして小泉先生・菊妻先生が「お客様のためのリーガルリスクマネジメント」に興味をお持ちになった背景をお聞かせください。
ー 私はインハウスローヤーなので、法律事務所に対する依頼者の立場でもあるのですが、事業会社と顧問法律事務所のあるべき協働の姿はどのようなものか考えてきました。
そのときに、渡部先生のご論考に触れて「これだ!」と目から鱗が落ちました。小泉先生が新たなサービスの展開を考えておられて、「リーガルリスクマネジメント」を紹介したのです。
渡部弁護士:
なるほど、「お客様のためのリーガルリスクマネジメント」が、顧問先が得られる新しい付加価値になるという位置づけですね。すごく先端的だと思います。
ー お客様への付加価値の増加に気づいていただけて光栄です。ここで私達が事前に準備した事例を使って具体的に議論していきたいと思います。
現在、土砂運搬業務は需要が高い。一方で、コロナ禍でバス会社などは人員が余っている。弊社にバス会社からドライバーを派遣してもらうことはできないか。
小泉弁護士:
これは実際にあったご相談をもとにした事例ですね。まず、単純にバス会社からドライバーを派遣してもらうのは、労働者派遣法や職業安定法の違反するおそれが高いです。この場合、「労働者派遣法や職業安定法に違反するおそれがあります」とだけ回答しても、お客様の問題の解決にはつながりません。「では、どうすればいのですか?」という質問が次に来ます。そこで、私は、厚生労働省の施策である「在籍型出向支援」 を提案いたしました。このスキームであれば労働者派遣法や職業安定法の問題も解決できますし、なにより相談者様のビジネス上の目的を実現することができます。
渡部弁護士:
素晴らしいです。単に法律のリスクを指摘するだけではない、提案型のアプローチですね!まさにリーガルリスクマネジメントの実践だと思います。
ー 従来、「法務」と聞くと、コストセンターや管理部門、中には「必要悪」というイメージを持たれている中小企業の経営者や事業部門の方も少なくないかもしれません。
この観点では、先ほどの例では、バス会社からの派遣を止めるという発想になるでしょう。しかし、今、このイメージが大きく変わっていると伺いました。成功する企業は「法務」をどのようにとらえているのでしょうか?
渡部弁護士:
成功する企業は「法務」を自分たちの事業を前にすすめるパートナーと考えている傾向が強いといえます。お客様でも好きな方が多い「ゴルフ」に例えるとわかりやすいと思います。
ゴルフは自分の力量・コース・天候などの諸条件を考慮して、最も適切なクラブを選択して、最も少ない打数でカップに入れなければなりません。
キャディは、ゴルファーと一心同体でどのようにコースに挑むかアドバイスをします。
ずばり、法務や弁護士は、キャディの仕事に似ていると思います。
皆様も少しご想像ください。
例えば、初めてのコースにでたときに、キャディーが、「バンカーがありリスクがあります」「池がありOBのリスクがあります」しかアドバイスしてくれないとします。
具体的にどうしていいのかアドバイスが欲しいのにアドバイスがもらえないという状態です。
ところが、お金を払って弁護士に相談しても、先ほどの例でいうと「労働者派遣法・職業安定法に違反するおそれがあります(完)」で終わってしまうことがあります。
お金をお支払いして「解決策」がもらえず「ストップ」だけがかかるというのはもったいないことと思います。
優秀なキャディは、お客様の体調、癖、天気、コースなどすべてを考慮して、どの方向に打てば最もグリーンに近付けるかアドバイスしてくれます。
また、リスクが高いがホールインワンを狙うか、リスクの低いツーオンを狙うか。そのためにはどのクラブがよいかもアドバイスしてくれるでしょう。このキャディの役割が「リーガルリスクマネジメント」です。
池やバンカーがあるのは依頼者としてもわかっており、実は「リーガルリスクマネジメント」ができるように助言してもらえることを期待しています。「代案を出す」というのも国際規格の定める「リスクの対応」というプロセスです。
そして、リーガルリスクマトリクスは、「リスクから生じる影響」と「リスクの起こりやすさ」の掛け算でリスクを可視化したものです。右の林に向けて打つと「池ポチャになってOBとなる影響」を可視化するようなものです。
リーガルリスクマトリクスを使うことで、代案を考えるための共通の認識を迅速に得られるという効果があります。
小泉弁護士:
なるほど、「リーガルリスクマネジメント」はゴルフのキャディーにたとえると、まさに依頼者に伴走することを果たすというプロセスなのですね。
渡部弁護士:
おっしゃるとおりです。
小泉弁護士:
まさに我々が意識的に取り組んでいることです。弁護士法人アーヴェルは「池やバンカーがあります」で終わるのではなく、まさにこのようなリーガルリスクマトリクスを用いてお客様の事業価値を法的に高めていくことを目指しています。
先ほどの例でいうと、労働者派遣法・職業安定法の無許可派遣などは刑事罰が定められているため、「リスクから生じる影響」は大きいです。
また、無許可派遣などは、インターネットでも行政処分の例が多く見つかります。ということは、「リスクの起こりやすさ」も高いといえるでしょう。リーガルリスクマトリクスでは一番右上に位置づけられることになります。
しかし、厚生労働省の施策である「在籍型出向スキーム」であれば取り締まる側がお墨付きを与えているので、リスクは極めて低くなり、左下に位置づけられるということになります。
小泉弁護士:
特に渡部先生が提案されているリーガルリスクマトリクスは、まさに今までモヤモヤしていたものが、すっきりしたという感覚を覚えましたね。
先ほどは、「リーガルリスクマトリクス」を使って説明しましたが、今まではこのように分かりやすく説明することはできませんでした。
このように考え方を明示的に、迅速に共有化できるというのは極めて有用であると思います。
ー このマトリクスは3×3ですが、これは絶対的な基準なのでしょうか?
渡部弁護士:
これは、相対的な基準です。事業規模によっては1億円の損失が生じるおそれがある場合でも、リスクは低いと評価されることもあれば、高いと評価されることもあるのと同じです。マトリクスの目的は、事業と法務のコミュニケーションを促進し、リスク認識を共通にするところにあります。したがって、高なのか中なのかにこだわるのもあまり意味はありません。ISOの国際規格(リーガルリスクマネジメント)においても、コミュニケーションは一貫して重視されています。
ー なるほど。3段階によってリスクを評価するのは直観的にも分かりやすいですね。
小泉弁護士:
コミュニケーションの促進といえば、顧問先企業様から契約書のチェックの依頼があったときに、そもそもスキーム上の法的リスクに気づいてしまうことがあります。しかし、既にプロジェクトは進んでいるので、リスク対応策も限られてきてしまい、もっと早く相談してくれれば採りうる方法があったのにと残念に思うこともあります。事業のシーズの段階からご相談いただければ、よりよいものができると思います。
渡部弁護士:
「リーガルリスクマネジメント」はプロセスが極めて重要です。したがって、普段のコミュニケーションで得られる情報や事実が、問題が生じたときに適切な代案を考えるための土台になるということですね。
新規事業の場合にも特に顧問先法律事務所が「リーガルリスクマネジメント」ができるか否かは重要です。さきほどのキャディの例のように「リスクがあります」だけでは新規事業は始められません。どうやったらできるのか、という点を検討せずに事業を断念してしまうことは、将来の会社の「収入源」をよく見ずに捨ててしまうようなものです。
ー コミュニケーションは、現代では、対面や電話、メールなど様々な方法がありますが、コロナ禍によって、対面ではなくリモートによるコミュニケーションが重視されるようになってきていますね。
小泉弁護士:
そうですね。弊所では従来からSNSなどインターネットを介した相談に応じてきています。とはいえ、顧問先企業様の中には、「メールや電話では失礼なのではないか?」と気を遣ってくださる企業様もございます。まったくそんなことはありません!弊所は敷居の低い事務所ですので名古屋以外の企業様でもお気軽にご連絡ください(笑)。渡部先生はどう思われますか?
渡部弁護士:
このコロナの状況を踏まえると、このようなリモートでの迅速なサポートは本当に有難いと思います。小さなことにみえるかもしれませんが、法律事務所側からこのようにお声をかけてくださることは有難いことです。
ー 少し話題を変えまして、経営判断と法的判断の役割分担をどうすれば良いのかという疑問があります。この点については、渡部先生はどのようにお考えでしょうか?
渡部弁護士:
結論から申し上げますと「リーガルの帽子」と「ビジネスの帽子」は分けることを徹底しています。リーガル部門がビジネス上の意見を言ってはいけないわけではありませんが、ビジネス上の意見を言う場合は、必ず「私のビジネス上の意見としては」というように分けて伝えるようにしています。
ー 責任の範囲を明確に分けているということですね。
渡部弁護士:
そうですね。この責任の範囲を明確にする意味でもコミュニケーションは極めて重要です。ところで、顧問先企業様は、どなたが主に相談されるのかおうかがいしても平気でしょうか?
小泉弁護士:
はい、ほとんど社長さんから直接のご相談ですね。社長さんなので経営判断は迅速なのですが、お忙しいというのもあり、コミュニケーションの機会を確保するのは難しいこともあります。
渡部弁護士:
そうであれば、なおさら法律事務所がリーガルリスクマネジメントの実装を補助する先生のお取り組みは重要です。企業の内部で法務部がないなどリーガルリスクマネジメントが未実装の場合には、外部法律事務所が社長を直接補佐でき、そこが大きな付加価値になると考えています。
ー なるほど、単に法的な可否だけではない、我々が心がけている、リーガルリスクマネジメントが実装の一部分となり、会社の真の付加価値になるということですね。
ところで、リーガルリスクマネジメントを明示的に取り込んでいる企業や法律事務所はどれくらいあるのでしょうか?
渡部弁護士:
国際規格が発行したのが2020年5月でまだまだ導入初期だと思います。お取り組みをうかがい、名古屋及び全国の先生の依頼者様が小泉先生の熱意のもとでこのような国際的潮流に沿った最先端の試みを実践されていることに驚きを隠せませんでした。私自身も大変勉強になりました。
ー 最後に両先生からひと言をお願いします。
渡部弁護士:
弁護士法人アーヴェルがお取り組みになっているリーガルリスクマネジメントは、伝統的な「踏み込んだアドバイス」を汎用的に体系化したもので、国際規格の目指す新しい付加価値と合致していると感じました。法務部門がないまたはまだまだ発展中の企業にすれば、これほど心強い顧問先はないのではないでしょうか。
小泉弁護士:
今回、渡部先生とご縁を頂くことができ、お話を伺わせていただく中で、私のこれまでやってきたことの背中を押してもらった気がしており、望外の喜びを感じています。弊所の理念「依頼者・顧問先の最高のパートナーとなる」ため、このリーガルリスクマネジメントの枠組みによって法人全体の意識向上・レベルアップを図り、顧問先企業様へさらに高い付加価値を提供していきたいと思いを新たにしております。
本日は貴重なお話をありがとうございました。